皆さんこんにちは!周智郡森町‧仲町⻭科医院院⻑の義永です。
寒い⽇が続きますが、皆様いかがお過ごしでしょうか。
当院のある森町には、いつも穏やかに太⽥川が流れています。
散歩やサイクリングで川沿いを通るたび、私はこの川の歴史に思いを馳せることがあります。
実はかつて、この太⽥川は江⼾や⼤阪と繋がる「物流のメインハイウェイ」だったことをご存知でしょうか。
江⼾時代から明治にかけて、森町で採れたお茶や⽊材は船に積まれ、下流の福⽥(ふくで)港へと運ばれました。
そこから⼤型船に積み替えられ、はるか江⼾の地まで届けられていたのです。
「森の⽯松」でも有名なこの町が「遠州の⼩京都」として栄えた背景には、この⽔運による豊かな経済⼒がありました。
特に興味深いのが、飯⽥にある「市場」という地名です。

当時は川に橋がほとんどなく、⼈々は「渡し船」で対岸へ渡っていました。
飯⽥は秋葉⼭へ続く秋葉街道と太⽥川が交差する交通の要所。
船を待つ⼈々が集まり、物資が取引されたことで、⽂字通り「市場」として賑わったのだそうです。
しかし、その物流を⽀えたのは想像を絶する重労働でした。
下りは流れに乗れば良いのですが、上りは⾵がなければ、船頭たちが川岸からロープで船を引き上げました。
浅瀬では船を押し、⼀⽇中、強靭な⾜腰を使って川を遡ったのです。
「⼤⾕⽯」の切り出しや⼤阪城の⽯垣もそうですが、機械のない時代、私たちの先⼈は⾃らの「体」だけを資本に、この町の礎を築いてきました。
現代の私たちは便利な暮らしを享受していますが、健康の基本が「⾃分の体」であることは、昔も今も変わりません。
先⼈たちが⼒強く船を引いたように、私たちも「しっかりと噛める⻭」と「健やかな体」を維持し、いつまでも元気にこの町を歩き続けたいものです。

太⽥川の歴史を感じながら、今⽇も皆様の健康を守るお⼿伝いをさせていただきます。
お⼝の悩みがあれば、いつでもお気軽にご相談ください。














